初夏の魚として釣り人に人気があるイサキ!手際よく、握りて旬の、梅雨鶏魚/安川椢雲

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 初夏の魚として釣り人に人気がある。「大和本草」には、「早く腐り易い・・下品なり」。また「日東魚譜」には「野人(下々の人)だけがこれを食う」などと書いているが、昔は漁師以外には新鮮なものが、手に入りにくかった為であろう。どうして、どうして、臭みもなく美味しい魚である。水温が下がる秋から春は脂が落ちて身がバサバサになり、まるで別の魚のように味も落ちる。これほど旬がはっきりした魚も珍しい。

  手際よく 握りて旬の 梅雨鶏魚 / 安川 椢雲

命名

「伊佐木」「伊左幾」「鶏魚」などと書く。イサキは外洋の岬付近、沖合の小島など潮早く、荒波の礁が棲息場所で「魚岬」と呼ぶようになった。また、磯と魚からなる転訛語という説もある。その他、中国でも鶏魚という名があり、第一背鰭の棘が3〜4本鋭く立ち、鶏のトサカに似ているところから「鶏魚」となった


イサキ(伊佐木、鶏魚とも)は、スズキ目・イサキ科に分類される魚の一種。東アジア沿岸の岩礁域に生息する魚で、食用や釣りの対象として人気が高い。

全長は30cmほどだが、50cmに達するものもいる。体は木の葉状で左右に平たく、横から見るときれいな紡錘形をしている。体は細かい鱗でおおわれ、ザラザラしている。成魚の体色は褐色だが、幼魚は体側の上半分に黄色の縦しまがある。大きくなるにつれてこの縦しまは薄れ、全長25cmほどで消える。

骨が非常に硬いところから「鍛冶屋殺し」の呼び名ももつ。

その昔、和歌山でイサキの骨を咽に刺さって死んだ鍛冶屋がいたという説もある。

東北地方以南の日本沿岸、黄海、東シナ海、南シナ海に分布するが、南西諸島沿岸には分布しない。

海藻が多い岩礁域に群れで生息する。昼は深みに潜むが夜になると泳ぎだし、小魚や甲殻類を捕食する。

産卵期は夏で、直径0.8-0.9mmほどの分離浮性卵を産卵する。1匹のメスの産卵数は体の大きさにもよるが数万粒-100万粒ほどとみられる。卵は海中を漂いながら1日ほどで孵化し、稚魚はプランクトンを捕食しながら成長する。稚魚は海岸の浅い所で群れを作って生活するが、成長するにつれ深みに移る。

旬は初夏で、この頃のイサキを麦わらイサキ、梅雨イサキとも呼ぶ。釣りや定置網、刺し網などで漁獲される。イサキは夜行性なので漁も夜間に行われる。

麦わらイサキは旬をあらわすが、似た言葉の「麦わらタイ」はこの時期のタイは不味いことを言う。

身はタイに似た白身で、癖もなく美味である。刺身、塩焼き、煮付けなどいろいろな料理で食べられる。

水揚げしたイサキは目が濁りやすいので、特に鮮度が劣化していなくとも目が濁ることがある。

近年養殖技術の研究がなされ、市場にも出回っている。


別名
イサギ(各地)、オクセイゴ(東北地方)、カジヤコロシ(和歌山県)、イッサキ(九州)など。イッサキは「一先」という字を当てられることが多い。

また、幼魚は黄色の縦しま模様がイノシシの子に似ていることから、各地でイノシシの子と共通したウリボウ、ウリンボウ、イノコなどの方言で呼ばれる。


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一度見てみたい千年の巨樹 八重咲きヤマツツジ



 日本には各地にツツジの名所がありますが、つつじが岡公園のツツジは、いずれのつつじ公園と比べても、次のような相違があり、このことから世界にほこる日本一のツツジの名園と言うことができます。

http://www.city.tatebayashi.gunma.jp/tsutsuji/

1. 樹齢800年を超えるヤマツツジの巨樹群が、自然形のままで保存されています。(歴史的な価値)
 つつじが岡公園には、古代から自生していたヤマツツジと、城主が他より移植したヤマツツジを加え、これらの樹齢800年を超える巨樹群が、今なお自然形のままで生長し続けています。樹齢や樹形上からもまさに日本一の風格を備えたツツジと言えます。風雪に耐え、生き続けるヤマツツジの巨樹群は、花見客の絶賛を浴びています。


ツツジのいろいろ

http://www.city.tatebayashi.gunma.jp/tsutsuji/02.html

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ツツジ亜属

ヒラドツツジ Rhododendron×pulchrum
ケラマツツジに、モチツツジ、キシツツジ、リュウキュウツツジが交雑してできた。
ケラマツツジ Rhododendron scabrum G.Don
キシツツジ Rhododendron ripense
キリシマツツジ Rhododendron×obtsum
リュウキュウツツジ Rhododendron×mucronatum
シロヤシオ(ゴヨウツツジ) Rhododendron quinquefolium Biss. et Moore
ムラサキヤシオ Rhododendron albrechtii Maxim.
レンゲツツジ Rhododendron japonicum
ヤマツツジ Rhododendron kaempferi var. kaempferi
トウヤマツツジ Rhododendron simsii
ミヤマキリシマ Rhododendron kiusianum
サツキ(サツキツツジ) Rhododendron indicum
ミツバツツジ Rhododendron dilatatum
コバノミツバツツジ Rhododendron reticulatum
モチツツジ Rhododendron macrosepalum
カラムラサキツツジ Rhododendron mucronulatum
オオムラサキ Rhododendron pulchrum Sweet
クロフネツツジ Rhododendron schlippenbachii
コメツツジ Rhododendron tschonoskii
ビレイア Rhododendron Vireya

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花・緑・人誰もが安らぐひと時色鮮やかに咲くツツジ


 花の女王と言われる石楠花の花、共にツツジ科に属しその品種は原種、園芸品種、愛好家により作出された品種も入れると、今では限りが無き数ですね

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ツツジ(躑躅)は、ツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属の植物の総称である。

ただし、日本ではこの中に含まれるツツジやサツキ、シャクナゲとを古くから分けて呼んでおり、これらはしばしば学術的な分類とは食い違う。

ツツジ属の植物は概ね、低木から高木で、葉は常緑または落葉性である。世界に850種ほどが確認されている。

雑種も多く、花を少し見ただけでは「ツツジ」の仲間ということまでは、すぐ解るが、種まで鑑別することは難しいことが多い。

日本で言うところのツツジや、サツキは公園や道路の分離帯などの植え込みにしばしば見られる。

日本では長い栽培の歴史を持ち、早くから育種も進んだ。元禄5年(1692年)に伊藤伊兵衛により刊行された「錦繍枕」は、世界最古のツツジ、サツキ専門書である。


タグ:ツツジ
posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

サクランボという名前の由来は「桜の坊



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 サクランボ(佐藤錦、ナポレオンなど)が並び始めています。ハウス栽培のものから店頭に並び始めますが、主産地の山形産が出回るのはもう少し先です。

 山形産が出回る前に店頭を賑わすのがアメリカンチェリーです。米カリフォルニア州産の初荷が今週月曜日に成田空港に届き、店頭に並び始めています。今年のアメリカンチェリーは歴史的な大豊作で、日本への出荷量は過去最高になる見通しです。昨年の半値の100グラム100円程度の価格となっていますので消
費者にとってもうれしいですね。

サクランボは桜桃(おうとう)とも呼ばれ、バラ科サクラ属の落葉高木、およびその果実をさす。 果実は丸みを帯びた赤い実が多く、品種によって黄白色や葡萄の巨峰のように赤黒い色で紫がかったものもある。中に種子が1つある。

サクランボの生産地として有名な山形県では県の木として制定されている。

生産者は桜桃と呼ぶことが多く、商品化され店頭に並んだものはサクランボと呼ばれることが多い。木を桜桃、果実をサクランボと呼び分ける場合もある。

サクランボという名前の由来は「桜の坊」。つまり桜の実という意味であるが、観桜に用いるサクラの実は食用に用いられる桜桃のように大きくならず、食用にする果肉部分も厚く生長しない。

桜桃は異なる種類で交配しなければ果実が実らない他家受精である。また、品種間に相性があり、異なる品種なら何でも良いというわけではない。例えば佐藤錦ではナポレオンとの相性がよい。

一般には「初夏の味覚」であり、サクランボや桜の実は夏の季語であるが、近年では温室栽培により1月初旬の出荷も行われている。正月の初出荷では贈答用として約30粒程度が入った300グラム詰めで3万円から5万円程度で取り引きされ赤い宝石と呼ばれることがある。

サクランボは有史以前から食べられていた。桜桃の一種である甘果桜桃(セイヨウミザクラ)はイラン北部からヨーロッパ西部にかけて野生していた。古代ギリシア時代に栽培されていた記録が残されている。

また別の品種である酸果桜桃(セイヨウスミノミザクラ)の原産地はアジア西部のトルコ辺り。紀元前65年にルキウス・リキニウス・ルクッルスによってイタリア半島へもたらされたという。

この二品種は黒海沿岸からヨーロッパ諸国へ伝わり、特にイギリス・フランス・ドイツで普及した。

16世紀ごろから本格的に栽培されるようになり、17世紀にはアメリカ大陸に伝えられた。 これらが日本に伝えられたのは明治初期で、ドイツ人のガルトネルによって北海道に植えられたのが始まりだとされる。

その後、北海道や東北に広がり、各地で改良が重ねられた。 さらに別の品種に中国桜桃(シナノミザクラ)・唐実桜(カラミザクラ)があり、これは中国原産。江戸時代に清から伝えられ、西日本でわずかに栽培されている。これは、材が家具、彫刻などに使われる。暖地桜桃とも呼ばれる。「桜桃」という名称は中国から伝えられたものである

品種

・シャボレー
フランス原産。あまり美味ではないため、現在では食用としてよりも受粉に使われることが多い。収穫時期は6月上旬。


・高砂 アメリカ原産。収穫時期は6月中旬。

・佐藤錦(さとうにしき)
国内で最も多く生産されている品種。ナポレオンと黄玉を交配してできた。名前は交配育成した山形県東根市の佐藤栄助にちなむ。6月下旬に収穫される。糖分が多く生食に適す。

・ナポレオン
ヨーロッパ各国で栽培されている品種。名前はナポレオン・ボナパルトに由来し、彼の死後ベルギー王が命名したという。収穫時期は6月下旬。佐藤錦の受粉木として一緒に栽培されることが多い。果実は酸味が強く、良く熟した状態でなければあまり生食で食べられることはない。したがって、缶詰、洋菓子等の加工用に適する。

・紅秀峰(べにしゅうほう)
収穫時期は7月上旬。

・アメリカンチェリー
アメリカ原産。日本で食べられるものとしてはカリフォルニア州産とオレゴン州産が多い。

サクランボの生産地としては山形県が全国の収穫量の7割を占めており(その中でも山形県東根市は生産量日本一)、それに次ぐ青森県・山梨県を合わせた上位3県で全国の9割近くを生産している。


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トマトが赤くなると医者が青くなる!初夏の旬

 

 初夏の陽気が広がるとともにトマトが旬を迎えています。この時期のトマトの魅力は何と言ってもみずみずしさで、秋の濃厚な味のトマトとはまた違った味わいが楽しめます。

 ヨーロッパの諺(ことわざ)に、「トマトが赤くなると医者が青くなる」とありますが、Bカロチンをはじめリコピン、ビタミンC・E、ミネラル、食物繊維などトマトには毎日の健康維持にもってこいの要素が豊富です。リコピンはがん予防の効果が指摘されていますが、ハーバード大学の研究チームの調査結果では、イチゴと並んでトマトは前立腺癌の罹患率の低さと相関しているそうです。

栄養

他の野菜類と同様に、トマトはビタミンCを多く含む。また、リコピンは1995年にがん予防の効果が指摘されて以来、注目を集めるようになった。

これはハーバード大学のGiovannucci らの研究チームが4万5千人以上の医療関係者を対象に6年間のコホート調査を行った結果から、さまざまな形態のビタミンAを含む食品の中でもイチゴと並んでトマト関連食品3種(トマト、ピザ、トマトソース)が前立腺癌の罹患率の低さと相関しているとしたもの。その後、さまざまな関連研究の引き金ともなった。


色による分類ではピンク系と赤系に大別される。 ピンク系トマトの果実はピンク色を呈し、赤系トマトの果実は濃い赤やオレンジ色を呈する。 海外では多くの品種が赤系トマトであるが、国産の品種は生食用として栽培されるものはピンク系のものが殆どであり、加工用品種、台木用品種やミニトマトに赤系のものが見られる。

果実の大きさによる分類では大玉トマト、中玉トマト(ミディトマト)、ミニトマトに分類される。 大玉トマトの果重は200g以上、ミニトマトの果重は20〜30g程度となり、この中間的な果重となるものは中玉トマトと称される。

ただし、栽培方法によって果重は変化し、水を極力与えず高糖度化をはかると大玉の品種も果実が小さくなる。

小さく甘みの強いフルーツトマトとは、高糖度化をはかったトマトの事であり、品種名を示すものではない。例えばフルーツトマトの代表的なものに高知県高知市一宮(いっく)地区の徳谷トマトがあるが、これは一宮の特に徳谷地区の土壌が塩分を含んでいるために成長が遅く、また小ぶりであるが糖度が高いもの指すが、この地区のトマトはほぼ糖度が6以上あるため該当しないものはあまりない。

また、塩トマトがあるが、これは熊本県八代地域の干拓地など塩分の多い土壌で育成されたトマトの内特別に糖度が高いものを指す。品種は主に「桃太郎」である。

トマトは長らく独自の属(トマト属 Lycopersicon)に分類されてきたが、1990年代ごろからの様々な系統解析の結果、最近の分類ではナス属(Solanum)に戻すようになってきている。元々リンネはトマトをナス属に含めてlycopersicum(ギリシャ語lycos '狼' + persicos '桃')という種小名を与えたが、1768年にPhilip Millerがトマト属を設立してつけたLycopersicon esculentumが学名として広く用いられてきた。

この学名は国際植物命名規約上不適切な(種小名を変えずにLycopersicon lycopersicumとすべき)ものであったが、広く普及していたため保存名とされてきた。しかし系統解析によりトマト属に分類されてきた植物がナス属の内部に含まれることが明らかとなったため、ナス属を分割するか、トマト属を解消してナス属に戻すかの処置が必要になった。したがってリンネのやり方に戻して、学名もSolanum lycopersicumとするようになっている。

ヨーロッパへは、1519年にメキシコに上陸したエルナン・コルテスがその種を持ち帰ったのが始まりであるとされている。

当時トマトは有毒植物であるベラドンナに似ていたため、毒であると信じる人も多く最初は観賞用とされたが、イタリアの貧困層で食用にしようと考える人が現れ、200年にも及ぶ開発を経て現在のかたちとなった。これがヨーロッパへと広まり、一般的に食用となったのは18世紀のことである。一方北アメリカではその後もしばらくは食用としては認知されなかった。1820年、ニュージャージー州のロバート・ギボン・ジョンソンは、町の裁判所前の階段でトマトを食べて人々に毒がないことを証明したが、詳しい資料は残っていない。

1793年。当時、アメリカは輸入の際、果物には関税がかからず、野菜には関税が課せられていた。このため、トマトの輸入業者は、税金がかからないようにと「果物」と主張。これに対して農務省の役人は「野菜」だと言い張った。

両者は一歩も譲らず、さらに果物派に植物学者も加わり、論争はエスカレート。とうとう最高裁判所の判決を仰ぐことになってしまった。判決は「野菜」。裁判長はずいぶん悩んだと思われ、判決文には「トマトはキュウリやカボチャと同じように野菜畑で育てられている野菜である。また、食事中に出されるが、デザートにはならない」と書かれた。

日本には江戸時代の寛文年間頃に長崎に伝わったのが最初とされる。青臭く、また真っ赤な色が敬遠され、当時は観賞用で「唐柿」と呼ばれていた。

中国では、現在も「西紅柿」(xīhóngshì)と呼んでいる。日本で食用として利用されるようになったのは明治以降で、さらに日本人の味覚にあった品種の育成が盛んになったのは昭和に入ってからである。

posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 14:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

初夏の若アユが美味「友釣り」は日本の初夏の風物詩



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アユは香魚ともいわれるように、ウリに似た香りを放つ初夏の若アユが美味とされ、若アユの塩焼きや天ぷらは珍重される。同じ河川のアユでも水が綺麗で上質の付着藻類が育つ上流域のものほど味が良いとされる。

また、アユをそのまま輪切りにした「せごし」は歯ざわりと爽やかな香りを楽しめる。


アユの語源は、古語の「アユル」から来たものだとされている。アユルとは落ちるという意味で、川で成長したアユが産卵をひかえて川を下る様からつけられた呼び名である。

現在の「鮎」の字が当てられている由来は諸説あり、アユが一定の縄張りを独占する、つまり占めるところからつけられた字であるというものや、日本書紀にでてくる話に神功皇后が今後を占うために釣りをしたところ釣れた魚がアユであったため占魚とあてられたものがある。

古くは1年しか生きないことに由来する「年魚」、体表の粘膜に香りがあることから「香魚」、鱗が細かいことから「細鱗魚」などがあてられていた。アユという意味での漢字の鮎は奈良時代ごろから使われていたが、当時の鮎はナマズを指しており、記紀を含め殆どがアユを年魚と表記している。

現在の鮎が一般的に書物などにあてられたのは平安時代・室町時代ごろからとされる。中国での鮎は古代日本と同様ナマズを指しており、アユは香魚(シャンユイ)と記す。

ちなみに俳句の季語として「鮎」「鵜飼」はともに夏をあらわすが、春には「若鮎」、秋は「落ち鮎」、冬の季語は「氷魚(ひお、ひうお)」として、四季折々に季語がある。

成魚の全長は 25cm ほど。全身は灰緑色で、胸びれの上に黄色の点があるが、秋には橙色と黒の婚姻色が発現する。口は大きく目の下まで裂けるが、唇は柔らかい。歯は丸く、櫛(くし)のような構造である。

東アジア一帯に分布するが、このうち奄美大島の川には亜種リュウキュウアユ Plecoglossus altivelis ryukyuensis が生息する。沖縄県では1980年代にリュウキュウアユが絶滅したが、奄美産のものを1992年より放流している。

また、滋賀県の琵琶湖には、湖沼陸封型のいわゆるコアユが生息し、琵琶湖内で成長したのち、湖に流入する河川に遡上して産卵・受精を行なっている。

アユの成魚は川で生活し、産卵も川でおこなうが、仔稚魚は一時的に海で生活する。

このような回遊は「両側回遊」(りょうそくかいゆう)と呼ばれる。ただし琵琶湖などに生息する湖沼陸封型(いわゆるコアユ)は海の代わりに湖を利用する。

9月-2月頃、親のアユは川の下流にくだり、砂や小石の多い浅瀬で集団で産卵する。ふ化した稚魚はシロウオのように透明で、心臓やうきぶくろなどが透けて見える。

ふ化後の仔魚は体長約6mmで卵黄嚢を持ち、0〜数日のうちに海あるいは河口域に流下する。そこでカイアシ類などを捕食して成長する。体長約10 mm程度から砂浜海岸や河口域の浅所に集まり、カイアシ類や仔魚などを捕食し、成長する。

このころからスイカの香りがする。この独特の香りは、コケに由来すると信じられてきたが、実は不飽和脂肪酸が酵素によって分解された時の匂いである。

体長35mm程度まで成長すると稚魚になる。稚魚は翌年4月-5月頃に5〜10cm程度になり、川を遡上するが、この頃から体に色がつき、さらに歯の形が岩の上のケイソウ類を食べるのに適した櫛(くし)のような形に変化する。

川の上流から中流域にたどり着いた幼魚は、石に付着するケイソウ類(こけ)を歯でこそげ落とすように食べる。アユが藻類をこそげ取ると岩の上に紡錘形の独特の食べ痕が残り、これを特に「はみあと」という。

多くの若魚は群れをつくるが、特に体が大きくなった何割かの若魚はえさの藻類が多い場所を独占して縄張りを作るようになる。縄張りは1匹のアユにつき約1m四方ほどで、この縄張り内に入った他の個体には体当たりなどの激しい攻撃を加える。

この性質を利用してアユを釣り上げるのが「友釣り」で、釣り人たちが川で釣竿をふるう様子は日本の初夏の風物詩である。

夏の頃、若魚では灰緑色だった体色が、秋になると橙と黒の独特の婚姻色へ変化する。親のアユは産卵のため下流域への降河を開始するが、この時期のアユがいわゆる「落ちアユ」である。産卵を終えたアユは1年間の短い一生を終えるが、稀に越冬する個体もいる。

鮎の川マップ 
 ↓
http://www.biwa.ne.jp/~y-ogura/ayumap/frame.html



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薔薇 「奇跡」のブルー・ローズへの挑戦

200px-MA-Lebrun.jpg薔薇の花が各地で芳香を漂わせています。神々がアフロディーテ(英名ヴィーナス)の誕生を祝って創造した花と言われます。古代ローマ人は天井に薔薇を吊るし、その下での会話は一切を秘密にするという習慣があり、「薔薇の下で」と言うと「秘密にする」という意味が現在にも残ります。

また、その芳香が「人々を惑わすもの」として教会によってタブーとされる場合もあるそうです。欧米では宗教的、歴史的に特別な意味を持つ薔薇の花は、数多くの映画で符号あるいは象徴として登場します。

バラが人類の歴史に登場するのは古代バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』である。この詩の中には、バラの棘について触れた箇所がある。

古代ギリシア・ローマでは香りを愛好され、香油も作られた。プトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラはバラを愛好し、ユリウス・カエサルを歓待したときもふんだんにバラの花や香油を使用した。

ローマにおいてもバラの香油は愛好され、北アフリカや中近東の属州で盛んにバラの栽培が行われた。

中世ヨーロッパではバラの芳香が「人々を惑わすもの」として教会によってタブーとされ、修道院で、薬草として栽培されるにとどまった。

イスラム世界では白バラはムハンマドを表し、赤バラが唯一神アッラーを表すとされた。また、香油などが生産され愛好された。『アラビアンナイト』などやウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』にもバラについての記述がある。

十字軍以降中近東のバラがヨーロッパに紹介され、ルネサンスのころには人々の愛好の対象に再びなった。 イタリアのボッティチェッリの傑作「ヴィーナスの誕生」のおいてもバラが描かれ、美の象徴とされているほか、ダンテの『神曲』天国篇にも天上に聖人や天使の集う純白の「天上の薔薇」として登場する。またカトリック教会は聖母マリアの雅称として「奇しきばらの花」(Rosa Mystica)と呼ぶようになる。

モダンローズの誕生

ハイブリッド・ティ(HT)系の誕生
1867年にフランスのギョーがハイブリッド・パーぺチュアル系の「マダム・ビクトル・ベルディエ」を母にティ系の「マダム・ブラビー」を交配し「ラ・フランス」を作出し、これがモダンローズの第一号となり、品種改良が一層進むことになった。

「ラ・フランス」が冬を除けば一年中花を咲かせる性質は「四季咲き性」と言われ画期的なものであった。英国のベネットはこれに追随し、ティ系「デボ二エンシス」とハイブリッド・パーペチュアル系「ビクトール・ベルディエ」を交配し、「レディ・マリー・フィッツウィリアム」を1882年に作り出し、これを新しいバラの系統として「ハイブリッド・ティ」系と命名。ベネットの新品種は整った花容から交配の親として広く利用されていった

黄色いバラの誕生

当時のハイブリッド・ティ系には純粋な黄色の花はなかった。そこで、黄色のハイブリッド・ティ系の品種を作り出すことが課題とされた。1900年にフランスのドュシェが「アントワーヌ・ドュシェ」の実生に原種の「ロサ・フェデダ(ペルシアン・イエロー)」をかけあわせて「ソレイユ・ドール」を作出。黄バラ第1号となった。

しかし「ソレイユ・ドール」は「四季咲き性」がないので、一層の改良が加えられ1907年には四季咲き性の「リヨン・ローズ」、さらに1920年には完全な黄色のバラ「スブニール・ド・クロージュ」を完成させた。ドイツのコルデスは「スブニール・ド・クロージュ」の子の「ジュリアン・ポタン」から1933年に「ゲハイムラート・ドイスゲルヒ(ゴールデン・ラピチュア)」を作出。これが今の黄色のバラの親である


「奇跡」のブルー・ローズへの

     挑戦


「青いバラ」はオールド・ローズの「カーディナル・ド・リシュリュー」などが「青のバラ」として知られていた。しかし、純粋な青さを湛えたバラを作り出すことは世界中の育種家の夢であり、各国で品種改良競争が行われた。1957年アメリカのフィッシャーが「スターリング・シルバー」を出し、「青バラ」の決定版といわれた。

しかし、競争はやまず、1957年にはタンタウが一層青い「ブルームーン」を発表。それにコルデスが「ケルナーカーニバル」を出し、フランスのメイアンは「シャルル・ドゴール」を発表と熾烈な品種改良競争を展開。

日本でも、青いバラに対する挑戦は盛んで、今日までに数多くの品種が生み出され、世界でも注目を浴びている。

2007年現在、一般的な交配による品種改良で、最も青に近いとされる品種は、岐阜県の河本バラ園が2002年に発表した、「ブルーヘヴン」が有名で、色は銀色に近い薄い水色をしている。

従来の"青っぽいピンク"とは、一線を画す、画期的な品種といえるだろう。なお、中部国際空港の開港式典にも飾られ、「セントレア・スカイローズ」の名で親しまれている。

日本におけるバラ

日本はバラの自生地として世界的に知られており、品種改良に使用された原種のうち3種類は日本原産である。

古くはバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ、『万葉集』にも「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」という歌がある。

『常陸国風土記』の茨城郡条には、「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。常陸国にはこの故事にちなむ茨城(うばらき)という地名があり、茨城県の県名の由来ともなっている。

このように日本人にはゆかりのある植物といえる。

江戸時代には身分を問わず園芸がはやったが、バラも「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されおり、江戸時代日本を訪れたドイツ人ケンペルも「日本でバラが栽培されている」ことを記録している。また与謝蕪村が「愁いつつ岡にのぼれば花いばら」の句を残している。

また、ノイバラの果実は利尿作用があるなど薬用に利用された。


日本の原種

イザヨイバラ(Rosa roxburghii)
サンショウバラ(Rosa roxburgii 'hirthua' )
タカネイバラ(Rosa aciculaisis nipponensis)
ノイバラ(Rosa mulitiflora)
テリハノイバラ(Rosa wichuraina)
ハマナス(Rosa rugosa) 英:Japanese Rose, Rugosa Rose
サクライバラ(Rosa uchiyamana)
モリイバラ(Rosa jasminoidesu)
フジイバラ(Rosa fujisanesis)
ほか


             
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〜バラ界のニューウェーブ、イングリッシュローズ〜
http://herb.hanagokoro.co.jp/UKrose.nsf




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「いずれアヤメかカキツバタ」アヤメ、カキツバタ、ハナショウブの見分け方


五月は、一層濃くなってきた葉の緑とともに花々が美しい季節です。

 水辺に際立つ水芭蕉。藤棚から垂れ下がる藤の花。紫色のアヤメ(文目、綾目、菖蒲)もこの時期に咲く花で、同じアヤメ科に属するカキツバタ(杜若)とともによく目にする花となっています。

ちなみにアヤメとカキツバタは「いずれアヤメかカキツバタ」と言われますように区別が難しいのですが、葉の幅が広いのがカキツバタで細いのがアヤメというように葉の幅も判断材料の一つとされています。

公園などの湿地では鮮やかな黄色い黄菖蒲の群生も目にします。また、地面に近い場所で咲いている白いボンボンのような小さな花はクローバー。本来は白詰草という名を持ち、昔、交易のために来航していたオランダ人が商品を箱詰めするときの詰め物として用いていたことからこの名が付けられたようです。稀に見る四ツ葉は、その形が「十字架」に似ていることから幸運のシンボルとされています。

 「立てば芍薬、座れば牡丹・・」のシャクヤクもこの時期の花で、根は鎮静・鎮痛剤として使われる漢方薬の一つでもあります。

各地の公園や植物園ではこれらの花々がちょうど見頃となっていいますね。

アヤメ(菖蒲、文目)は

アヤメ科アヤメ属の多年草。 学名は、Iris sanguinea。5月ごろに径8cmほどの紫色の花が1〜3個つく。アヤメの名前は、花の付け根部分に黄色と紫の文目模様があることから付けられた。

古くは「あやめ」の名はサトイモ科のショウブを指した語で、現在のアヤメは「はなあやめ」と呼ばれた

カキツバタ(燕子花、杜若 Iris laevigata)は

アヤメ科アヤメ属の植物。湿地に群生し、5月から6月にかけて紫色の花を付ける。内花被片が細く直立し,外花被片の中央部に白ないし淡黄色の斑紋があることなどを特徴とする。

愛知県の県花であるが、これは『伊勢物語』で在原業平が有名なカキツバタの歌を詠ったとされる場所が三河国八橋(現在の知立市八橋とその周辺(安城市・豊田市など)と言われる。知立と八橋は別の地名。)

ら衣
つつなれにし
ましあれば
るばる来ぬる
びをしぞ思ふ

江戸時代の前半にはすでに多くの品種が成立しており、古典園芸植物の一つでもあるが、江戸時代後半にはハナショウブが非常に発展して、カキツバタはあまり注目されなかった。現代では再び品種改良が進められている。

漢字表記の一つ「杜若」は、本来はヤブミョウガという別種の漢名(「とじゃく」と読む)であったが、カキツバタと混同されたものである。


ハナショウブ(花菖蒲 Iris ensata var. ensata)はアヤメ科アヤメ属の植物。I. ensata var. hortensis、I. kaempferi

ノハナショウブ

(学名I. ensata var. spontanea)の園芸種である。6月ごろに花を咲かせる。花の色は、ピンク、紫、青など多数あり、その種類は5000種類あるといわれている。大別すると、「江戸系」、「伊勢系」、「肥後系」に分類でき、古典園芸植物でもあるが、昨今の改良で系統色が薄まっている。また海外、特にアメリカでも育種が進んでいる。

一般的にショウブというと、このハナショウブを指すことが多い。しかし、菖蒲湯に使われる本来ののショウブは、ショウブ科またはサトイモ科に分類される別種の植物である。


アヤメ、カキツバタ、ハナショウブの見分け方

アヤメ、カキツバタ、ハナショウブを見分けるのは難しい。堀切菖蒲園には、その見分け方として、次の記述の掲示がある。

種別   花の色 葉   花の特徴  適地   開花期

アヤメ 

  紫まれに白     主脈不明瞭    網目模様  外側の花びらに黄色い模様がある かわいた所に育つ 5月上旬〜中旬

カキツバタ

 青紫のほか紫、白、紋など 主脈細小   網目なし  水中や湿った所に育つ 5月中旬〜下旬

ハナショウブ

紅紫、紫、絞、覆輪など 主脈太い 網目なし花の色はいろいろある 湿ったところに育つ 6月上旬〜下旬



※堀切菖蒲園とは、花菖蒲が植えられている東京都葛飾区堀切2-19-1 にある公園のことである。

また、最寄り駅の京成電鉄の駅名がその名を冠して堀切菖蒲園駅になっている事から、駅およびその周辺地域の通称。

京成本線堀切菖蒲園駅の南西500mほど(徒歩約10分)の綾瀬川沿いに位置し、200種、6000株の花菖蒲が植えられている。見ごろは、6月の中旬である。

入園は無料であり、開園時間は9:00〜17:00、葛飾菖蒲まつりの期間(6月初旬〜20日頃)は、8:00〜18:00である。葛飾菖蒲まつりの期間は、近辺で出店などある。

公園の中に、食事が出来る集会施設「静観亭」がある


花菖蒲をたくさん見ることができる場所

あやめ園(茨城県潮来市)
水郷佐原水生植物園(千葉県香取市)
堀切菖蒲園(東京都葛飾区)
水元公園(東京都葛飾区)
明月院(神奈川県鎌倉市)
北潟湖(福井県あわら市)
なばなの里(三重県桑名市)
城北公園(大阪市旭区)
神楽女湖(大分県別府市)

日本三大カキツバタ自生地

愛知県刈谷市 - 小堤西池
京都府京都市北区 - 大田ノ沢
鳥取県岩美郡岩美町 - 唐川湿原
posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 10:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

腸内の善玉菌の働きを助ける「新タマネギ」が旬を迎えています。


今、「新タマネギ」が旬を迎えています。


 多くは収穫後に約1ヶ月間、日陰などで風をあてて乾かしてから出荷されますが、新タマネギは収穫後にすぐに出荷され、水分が多く、辛味が少なく、タマネギ独特の甘さと香りに加え、みずみずしさと柔らかさがその魅力です。

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 開花したタマネギ



 日本で栽培されるタマネギには春と秋の二つの旬がありますが、現在店頭に並んでいる新タマネギは佐賀県や淡路島など西日本の産地で秋に種をまいたものです。国内生産量の約半分を占める北海道産は春まきであり、秋ごろに新タマネギとして出荷されています。

 今年は、暖冬の影響で生育が進んで豊作。スーパーなどでの店頭価格は例年に比べて2〜3割安い水準だそうです。

 春を感じられる貴重な野菜のひとつ「新タマネギ」、短い旬を味わってみてはいかがでしょうか。

おもに鱗茎を食用とするが、強い辛味、香味がある。生のタマネギはイチゴ位の甘みを持っているが、辛さのほうが強いため辛く感じるのである。辛みは、品種によって、早生の方が辛みが少なく、晩生になるにつれ辛みが強い傾向にある。辛味は加熱するとなくなり、甘みが出る。

多様の料理に使われる。たとえばカレーやグラタン、スープや肉じゃがなどの煮込み料理、ネギと同様に鍋料理や味噌汁の具としても用いられる。新たまと呼ばれる、極早生のタマネギは生で薄切りにしてもおいしく食べられる。

タマネギを切ると涙が出る理由はタマネギに硫化アリルが含まれているからである。タマネギを切ったとき、硫化アリルが気化し、目・鼻の粘膜を刺激するため涙がでる。防ぐにはゴーグルのようなもので目を覆ったり、鼻をつまんだりするのが良い。また他の方法として水につけながら切ると硫化アリルが水に溶けて気化しなくなる。

また、あらかじめ冷蔵庫で数時間冷やしておくのも良い。反対に電子レンジで加熱することでも硫化アリルの効果を弱められる。

ヒトが食べても無害であるが、 イヌやネコなどのほとんどの動物が食べた場合、成分に含まれる硫黄化合物が中毒を引き起こし、血液中の赤血球が破壊され死亡することがある。ペットにはタマネギを含む食品を摂取させない様、注意が必要である。


春まき栽培 


主な産地は、北海道で栽培は以下のように行われる。

2月末から3月にビニールハウス内で播種し、育苗する。
4月下旬から5月にかけて畑に定植する。現在は「みのる式」とよばれる成型苗を自動移植機で定植するのが一般的である。
定植後1ヶ月ほどは苗の活着に要する。

6月から7月中旬にかけては葉の生育が盛んな時期で、その後7月下旬から鱗茎の肥大が始まる。鱗茎の肥大期以降はボトリティス菌、軟腐病菌、ネギアザミウマによる被害を受けやすいため、定期的に農薬による防除を行う。

7月から8月にかけ地上部が倒伏する。倒伏が順調に進まない場合には人為的に地上部を倒伏させる場合もある。
倒伏がそろった後、収穫の前には株を土から引き抜く作業を行う。これは「根切り」と呼ばれ、着色を促したり貯蔵性を高める効果がある。

収穫直前には枯死した葉を切り落とす。収穫後、コンテナに入れ、乾燥させる。


 秋まき栽培 

主な産地は、西日本で、栽培は以下のように行われる。
九月に播種し、育苗する。

十月下旬から十一月にかけて畑に定植、極早生から早生にかけては、マルチ栽培やトンネル被服を行うところもある。

倒伏は三月から五月にかけて、極早生は、倒伏後まだ青いうちに収穫する。

中生、晩生になると、葉をつけたまま、専用の小屋で吊し貯蔵する。


posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 09:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

芭蕉やチャップリンが愛した勇壮な歴史絵巻。鵜匠の手縄さばきで鵜が鮎を捕らえる。御料鵜飼で獲れた鮎は皇居へ献上されるのみならず、明治神宮や伊勢神宮へも奉納される。



 鵜飼い・鵜飼・鵜養(うかい)は、鵜(ウ)を使ってアユを獲る伝統的な漁法のひとつ。岐阜県、愛知県、京都府などで行われているが、特に長良川での鵜飼いが最も有名である。

鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に鵜養部のことが見え、『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。また中国の史書『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった漁法として紹介されている。

鵜飼漁で獲れる魚には傷がつかず、ウの食道で一瞬にして気絶させるために鮮度が非常に良い。このため、鵜飼鮎は献上品として殊のほか珍重され、安土桃山時代以降は幕府および各地の大名によって鵜飼は保護されていった。

鵜匠と漁場の確保は、大名達にとっても面子に関わる一大事であったのである。

しかしながら、鵜飼は決して漁獲効率のよい漁法ではないため、明治維新後に大名等の後援を失った鵜飼は全国から次々と姿を消していき、現在は数えるまでにその規模を縮小している。

現在の鵜飼は、客が屋形船からその様子を見て楽しむというように、漁による直接的な生計の維持というよりはもっぱら観光事業として行われている。

例えば、愛媛県大洲市の肱川で行われている鵜飼は、戦後の昭和32年に「大洲観光うかい」として始まったものである。しかしながら鵜飼は同時に、無形文化財の保護という大切な側面も併せ持っている。

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鵜飼漁をする人を鵜匠(うしょう・うじょう)と呼ぶ。

その装束は風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑という古式ゆかしいものである。漁に用いるウの数は各地の鵜飼漁の規模や漁法によって異なる。例えば、徒歩鵜では鵜匠ごとに1羽ないし極数羽のウを操るが、小船を用いた一般的な鵜飼においては、1人の鵜匠が5羽から10羽程度のウを一度に操る。漁期はおおむね晩春から初秋にかけてであり、鮎漁の解禁日にあわせて漁が始まることが多い。

鵜飼いでは、平底の小船の舳先でかがり火を焚き、光に集まってきたアユをウに飲ませる。

ウののどには紐が巻かれており、ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくなっており、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とする。紐の巻き加減によって漁獲するアユの大きさを決め、それより小さいアユはウの胃に入る。

しかし、鵜飼いの鵜にいつものどに紐をまいて漁をしていると鵜はだんだんやる気をなくしていってしまう。そのため、鵜匠は鵜にも休暇を与えることがある。

鵜飼いに使われるウはウミウであり、和歌山県有田市と島根県益田市を除く全国11ヶ所全ての鵜飼は、茨城県日立市(旧十王町)の伊師浜海岸で捕獲されたウミウを使用している。また、天然記念物として保護されているカワウであるが、愛知・岐阜では大量のカワウによる鮎の食害が深刻化しており、岐阜県では有害鳥獣として少数だが駆除が認められている。

岐阜県岐阜市および関市の長良川河畔における鵜飼は、宮内庁式部職である鵜匠によって行われている。鵜匠は岐阜市長良に6人、関市小瀬に3人おり、これらは全て世襲制である。長良川の鵜飼では、1人の鵜匠が一度に12羽もの鵜を操りながら漁を行う。

もともと長良川の鵜飼はその起源を1300年ほど前までさかのぼることができ、江戸時代においては徳川幕府および尾張家の庇護のもとに行われていた。

明治維新後は一時有栖川宮家御用となるも、1890年に宮内省主猟寮属となり、長良川鵜飼は宮内省(現宮内庁)の直轄となった。すなわち、御料鵜飼とは皇室御用の鵜飼であり、狭義には毎年5月11日から10月15日まで行われる漁のうち特に宮内庁の御料場で行われる8回の漁を指す。御料鵜飼で獲れた鮎は皇居へ献上されるのみならず、明治神宮や伊勢神宮へも奉納される。

その他の鵜飼漁法

山梨県笛吹市の笛吹川や和歌山県有田市の有田川で行われている鵜飼は、「徒歩鵜(かちう)」と呼ばれるものである。これは小船等を用いず、鵜匠が1羽ないし2羽のウを連れて直接浅瀬に入って漁をする鵜飼である。

島根県益田市の高津川で行われている鵜飼は、全国で唯一の「放し鵜飼」と呼ばれるもので、ウに手綱をつけずに漁を行う。また、この鵜飼はあくまで鵜匠の生計のための漁であり、そのスタンスは他の観光鵜飼とは異なる。乱獲防止のため、漁期は一般の鵜飼が終わる秋ごろから翌初春にかけてである。

鵜飼いの行われている地方

山梨県笛吹市(笛吹川)
岐阜県岐阜市(長良川)
岐阜県関市(長良川)
愛知県犬山市(木曽川)
京都府宇治市(宇治川)
京都府京都市(大堰川)
和歌山県有田市(有田川)
広島県三次市(馬洗川)唯一、胴体の白いカワウを使用する。
島根県益田市(高津川)
山口県岩国市(錦川)
愛媛県大洲市(肱川)
大分県日田市(三隈川)
福岡県朝倉郡杷木町(筑後川)


中国
隋書の書かれた時代には鵜飼いは中国人にとって珍しい漁法だったが、その後中国においても鵜飼い漁法が定着した。

中国の鵜飼いと日本のそれとの相違点は、以下のような点である。

使用される鵜の種類が、日本ではウミウであるのに対し、中国ではカワウを使用する。
日本では漁のための鵜は成鳥を捕獲して訓練するが、中国では完全に家畜化されている。
魚を飲み込めないように鵜の喉に輪を装着するのは日本も中国も同じだが、中国では日本のように鵜を綱に繋がず、魚を捕らえた鵜は自発的に鵜匠の元に戻ってくる。
日本では鵜飼いは様式化して残ったため、捕る魚はほぼアユのみだが、中国では一般漁法として存続しているため、鵜が捕れるサイズのありとあらゆる魚を捕る。

ヨーロッパ
16世紀末から17世紀初めにかけての一時期、ヨーロッパでも鵜飼いがスポーツとして、主にイギリスとフランスの宮廷を中心として広まった。1609年、皇太子だったルイ13世の前で鵜飼いが実演され、1618年にはジェームズ1世が飼っているウ・ミサゴ・カワウソ(いずれも漁用動物)のための飼育小屋と池をウェストミンスターに作ろうとした記録が残っている。

ただし、一概に言えることは、これらの鵜飼いは日本や中国から漁法のノウハウを受け継いだものではなく、鷹狩りの手法の延長で行われたということである。鵜は目隠しをされたまま漁場に連れてこられ、漁の時だけ目隠しを外された。鵜の運搬は革手袋をつけた飼い主の手の上に乗せて行われた。ヨーロッパの鵜飼いはあくまで貴族の物だったのである。



posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 08:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

季節の鳥「ホトトギス」「カッコー」とは?

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  鳥のさえずりもにぎやかな季節となってまいりました。

 初夏に渡来し鳴き始めるホトトギスは、キョキョキョと鋭く鳴きます。この鳥、別名が多いことでも有名で、文目鳥(あやめどり)、妹背鳥(いもせどり)、黄昏鳥(たそがれどり)、子規(しき)、不如帰(ふじょき)、杜鵑(とけん)等々、霍公鳥や不如帰などはそのまま「ホトトギス」と読みます。

 ホトトギスの鳴き声は「特許許可局」と聞こえることもありますが、「田を作らばはやつくれ、時すぎぬればみのらず」と昔の人は聞きました。田植えの時期を教えてくれる鳥としても知られ、時鳥あるいは時つ鳥、早苗鳥などもホトギスの異称です。

 また、冥土に往来する鳥ともいわれ、魂迎鳥(たまむかえどり)等の名もあり、古代中国の蜀の望帝の魂が化してこの鳥になったという伝説もあります。

 万葉集では最も多く詠まれた鳥で、ウグイスを詠んだ歌のおよそ3倍、150首以上の歌に詠まれています。

 ところで、ホトトギスによく似た鳥にカッコウがいます。昔はホトトギスと同視されていたこともあり、ホトトギスには郭公の異名もあります。同じカッコウ科の鳥で託卵の習性や灰色の体に黒い横斑模様も同じなのですが、鳴き声が違います。カッコーの鳴き声からは閑古鳥の字も当てられました。

 カッコウは賑やかな街中には寄り付かず、鳴き声にもうら寂しさがあります。そんなことから、人が集まらなくて閑散としている様を「閑古鳥が鳴く」というようになったそうです。閑古鳥と書けば「商売あがったり」ということしか頭に浮かびませんが、カッコウならば緑の木々に木霊(こだま)する澄んだ心地の良い鳴き声をイメージすることができます。

 「憂き我を さびしがらせよ 閑古鳥」 芭蕉

 「淋しさを 我にさづけよ かんこ鳥」 一茶

ホトトギス(Cuculus poliocephalus)は、カッコウ目・カッコウ科に分類される鳥類の一種。特徴的な鳴き声とウグイスなどに托卵する習性で知られている。

体長は28cmほどで、ヒヨドリよりわずかに大きく、ハトより小さい。頭部と背中は灰色で、翼と尾羽は黒褐色をしている。胸と腹は白色で、黒い横しまが入るが、この横しまはカッコウやツツドリよりも細くて薄い。目のまわりには黄色のアイリングがある。

カッコウなどと同様に食性は肉食性で、特にケムシを好んで食べる。また、自分で子育てをせず、ウグイス等に托卵する習性がある。

オスの鳴き声はけたたましいような声で、「キョッキョッ キョキョキョキョ!」と聞こえる。早朝からよく鳴き、夜に鳴くこともある。この鳴き声の聞きなしとして「特許許可局」や「テッペンカケタカ」が知られる。

九州以北に夏鳥として渡来するが、九州と北海道では少ない。

鳴かないホトトギスを三人の天下人がどうするのかで性格を後世の人が言い表している(それぞれ本人が実際に詠んだ句ではない)。

これらの川柳は江戸時代後期の平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』に見える(q:時鳥#川柳)。

鳴かぬなら殺してしまへ時鳥   織田右府(織田信長)
この句は、織田信長の短気さと気難しさを表現している。

鳴かずとも鳴かして見せふ杜鵑  豊太閤(豊臣秀吉)
この句は、豊臣秀吉の好奇心旺盛なひとたらしぶりを表現している。

なかぬなら鳴まで待よ郭公    大權現様(徳川家康)
この句は、徳川家康の忍耐強さを表している。


カッコウ(郭公、閑古鳥、霍公鳥 学名Cuculus canorus)はその名の通り「カッコー」と大きな声で鳴く、鳥である。全長約35cm、腹面に細い横縞がある。

カッコウ、ホトトギスなど、カッコウの仲間は「托卵」という習性をもつものがいる。「托卵」とは、自分とは異なる種の鳥の巣に卵を産みつけ、巣の持ち主に自分のヒナを育てさせるというものである。カッコウはモズ、オオヨシキリ、ホオジロなどの巣に托卵する。カッコウが産卵するとき、これらの巣から卵を一個抜き取り、代わりに自分の卵を1個産み付ける。カッコウのヒナは短期間(10〜12日程度)で孵化し、巣の持ち主のヒナより早く生まれることが多い。先に生まれたカッコウのヒナは巣の持ち主の卵を巣の外に放り出してしまい、自分だけを育てさせる。

一羽のカッコウが巣に卵を産みつけた後、別のカッコウが同じ巣に卵を産むことがある。二つの卵がほぼ同時にかえった場合、2羽のヒナが落とし合いをする。敗れたほうは当然死が待っている。

また、カッコウの卵を見破って排除する鳥もいる。それに対抗し、カッコウもその鳥の卵に模様を似せるなど、見破られないようにするための能力を発達させており、これは共進化の典型である。

さびれたさまのことを「閑古鳥が鳴く」というが、この閑古鳥とはカッコウのことである。古来、日本人はカッコウの鳴き声に物寂しさを感じてたようであり、松尾芭蕉の句にも、「憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥」というものがある。





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新茶の美味しい季節です、一番茶・八十八夜・アジアのお茶は



夏も近づく「八十八夜」が過ぎ、はやくも夏到来ですね。

 八十八夜と言えば茶摘みの時期ですが、この時期に摘まれたお茶は一番茶または新茶と呼ばれ、秋から冬を経てたっぷりの栄養を蓄えています。

 お茶はもともとが「養生の仙薬、延齢の妙術」として飲まれており、科学が進歩した現代においても様々な効用がうたわれていますが、新茶は特に香りがよく、旬の味わいとともに「無病息災長寿目出度の茶」の縁起物として珍重されてきました。

 長らく抹茶のみだった日本茶文化にあって、葉茶を瑞々しい緑色に煎じて飲料用に供する煎茶の技法を編み出したのは、江戸中期の宇治の人、永谷宋円です。

 当時、将軍に献上するお茶を宇治から江戸に運ぶ「お茶つぼ道中」は、大名行列でさえ道を譲らなければならず、“茶つぼに追われてとっぴんしゃん ぬけたらどんどこしょ”の歌のように、お茶つぼ道中の障りになるのを恐れた庶民は家中の戸を全て閉ざしてやり過ごしたそうです。

 緑茶飲料の市場規模は約4000億円。飲料メーカーによる茶葉争奪戦により、二番茶、三番茶等の価格が値上がり傾向にあります。もともと価格が高い一番茶には、メーカー側も今まではあまり手を出さなかったのですが、新茶を謳ったペットボトルもよく見かけるようになりました。

 何はともあれ、おいしいお茶は心を和ませます。ポットから湯呑みにお湯を注ぎ、お湯を冷ましながら湯呑みを暖め、湯呑みが温まったらお湯を急須に移し、1分くらい待ちます。好みの濃さになったら湯呑みに注ぐ・・・そういった手間も格別な時間ですね。

    収穫前の一番茶220px-Green_tea_leaves.jpg


【日本のお茶】
茶がいつ日本に伝わったのかははっきりしていない。茶は薬用として禅宗の修行に用いられていることから僧侶が関わっているとみられる。かつては栄西によってもたらされたのが最初と考えられていたが、最近の研究によればすでに奈良朝の頃伝来していた可能性が強い。ただし古代に伝わった茶は纏茶(てんちゃ)であったと考えられる。「続日本紀」では、弘仁6年(815年)の嵯峨天皇の近江行幸の際、唐から帰朝した梵釈寺の僧永忠が茶を煎じて献上したと記されている。だが、平安時代に入って文化が、純和風に変わりつつあったと同時に、茶も次第に廃れていった。茶の栽培は栄西が中国から茶の苗木を持ち帰ったのが最初と考えられていたが(そこから日本に喫茶の習慣を広めたとされた)、空海や最澄も持ち帰り栽培したという記録がある。当初は薬としての用法が主であったが、栽培が普及すると共に嗜好品として、再び飲まれるようになった。一時(貴族社会の平安時代の遊びとして)中国のように闘茶が行われることもあったが、日本茶道の祖『南浦紹明』により、中国より茶道具などど共に当時、径山寺などで盛んに行われていた茶会などの作法が伝わり、次第に場の華やかさより主人と客の精神的交流を重視した独自の茶の湯へと発展した。当初は武士など支配階級で行われた茶の湯だが、江戸時代に入ると庶民にも広がりをみせるようになる。煎茶が広く飲まれるようになったのもこの時期である。茶の湯は明治時代に茶道と改称され、ついには女性の礼儀作法の嗜みとなるまでに一般化した。

明治時代になって西洋文明が入ってくると、コーヒーと共に紅茶が持込まれて徐々に普及していくこととなる。昭和期に芸能マスコミの話題からウーロン茶が注目を集め、缶入りウーロン茶が発売されると一般的な飲み物として定着した。また、この流行のため中国では半発酵茶が主であるかのようなイメージが広がった。缶入りウーロン茶の好評を受けて飲料メーカーは缶・ペットボトル入りの紅茶・日本茶を開発し、ひとつの市場を形成するに至った。その一方で堅苦しい礼儀作法が敬遠される傾向が強まり、茶道は一般的な嗜みから、趣味人の芸道としての存在に回帰しつつある。

【中国のお茶】
書籍に現れるものとしては、紀元前2世紀(後漢)の『爾雅』に見られる「」、または司馬相如の『凡将篇』に見られる「詫」(セツタ)が最初とされる。漢代の『神農本草経』には「荼草」や「選」として記載があり、薬草としての利用には、少なくとも2200年の歴史があることになる。

喫茶は、唐の時代に盛んになり、陸羽(? - 804年)の書いた『茶経』(最古の茶の書籍)が著された。北宋の時代に栄えたとされ、ワインのように茶を試飲して産地や銘柄を当てる茶会の闘茶が開催された。また、国内においては専売を布き、国外においては大量の輸出を行って北宋以後の王朝の財政収入に貢献したとされる。主に緑茶が飲まれた地域が多かったがウーロン茶などの半発酵茶が飲用された地域もあった(中国茶を参照のこと)。清代には、喫茶と共に食べる点心が発達した。

【朝鮮半島のお茶】
朝鮮半島には高麗時代に茶が伝わったとされているが、緯度の関係から茶の生産量は限られたものであった。またその品質も悪く、後述の『高麗図経』では「土産茶、味似苦渋不可入口(高麗産の茶は苦くかつ渋いので口にしてはいけない)」と記されている。『三国史記』や『三国遺事』に現れる茶に関する記述は、大部分が僧侶にまつわる話であって、当時寺院を中心に喫茶が儀礼と関係して用いられていた様子が窺われる。さらに中国宋王朝の使節である徐兢の記録『高麗図経』(正確には『宣和奉使高麗図経』)からは、高麗の喫茶法が確認されるが、その記述が不十分なことから当時の喫茶法について明確ではない。熊倉功夫氏などは抹茶法であったと推測しているが(『茶の湯の歴史 千利休まで』朝日選書404/朝日新聞社/1990)、宋時代の抹茶法では用いない「湯鼎」を使う、或いは明時代の茶書『製茶新譜』で団茶法(鼎や鍋で茶葉を煮出す方法)に対して用いられている動詞「烹」を使うなど疑問点が多い(抹茶の場合は通常「点」を用いる)。

李氏朝鮮時代には崇儒廃仏により仏教的な文物の多くは破棄されており、この時期に喫茶の風習も途絶えていたとみなされる場合が多い。しかし南方の沿岸部などで僅かながらも茶が生産されており、王宮では贈答用の「天池団茶」という固形茶も製造されていた(さらに「青苔銭」と呼ばれる固形茶もあったようであるが、おそらく品質の低いものであったろう)。なお日本による併合後に持ち込まれた茶の品種に対して、DNAの形質から区別される在来種を「韓国野生茶」と呼んでいる。このように李朝においても製茶自体は存続していたが、しばしば記録に登場する高級茶は中国からの輸入品であったようである。

李氏朝鮮の喫茶法は古い喫茶道具や文献資料の不足から不明な点が多いが、『朝鮮王朝実録』の記録からは中国明王朝の使節を迎える際に、茶を用いた儀礼(茶禮)が行われていた様子が確認される。しかし、前述のように茶葉の産出量が少なかったことから、使用される茶葉は北京からの輸入品が主であった。

しかし茶の国内への供給量がごく限られたものであることから、茶葉を用いた喫茶の習慣は上流階級や一部の寺院のみであった。このため朝鮮半島で「茶」と言う場合は、中国・日本などで言われる「茶」ではなく、木の根などを煎じた薬湯や、果実を湯に浸した物(柚子茶)等を指す場合が多い(韓国伝統茶)。また茶の代用として炒米に湯を注ぐ「こがし」も、日本同様に行われていた。なお李氏朝鮮時代の文献『朝鮮歳時記』には、中国で茶の新芽を意味する「雀舌」が、杉など他の植物の新芽を指している例も見られる。

李氏朝鮮の末期には大興寺の禅僧草衣が現れ、『東茶頌』『茶神伝』などの著書を遺しているが、同書の章立は宋・明の茶書に近いものがある。

なお文献資料からは朝鮮半島において例外的なものを除いて「茶道」という言葉が使われておらず(確認される限り『茶神伝』の1箇所だけである)、儀式としての「茶禮」(タレ)に重点が置かれていた。朝鮮半島における「道」の語は通常道教(道家思想)を意味するものであり、芸道修行意図で用いられている日本の「茶道」とは区別する必要がある。

また現在のところ、いわゆる抹茶(点茶法)が飲まれていた確実な資料は確認されていない。

韓国の喫茶文化組織としては以下の団体が挙げられる。

「茗園文化財団」:ソウル市無形文化財 第27号 <宮中茶禮儀式>保有者に認定されている、韓国認定の公式韓国茶禮教育機関。



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ジャーマンアイリス学名を「イリス」といいます。 



ジャーマンアイリス が綺麗な季節です。

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科名:文目(あやめ)科
別名:ドイツアヤメ

アイリス類は約200もの種を持っており,学名を「イリス」といいます。イリスの語源は「虹」であり,その名のとおり,たいへん美しい花を咲かせます。
ジャーマンアイリスはヨーロッパのアイリスの代表格であり,黄色,ピンク,白,オレンジ,青紫等さまざまな花色があります。






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四角豆って!新顔の野菜です・・・知ってますか?



四角豆-うりずん

切ると断面が人型のブロックのよう。ほんの少しの苦味がマヨネーズとよく合います。 最近、東京のスーパーでも見かけるようになった新顔の野菜。熱帯地方原産で沖縄を中心に栽培されています。 沖縄では"ウリズン"と呼ばれますが、これは沖縄の方言で4月頃の新緑の季節の意味。 草木が一斉に萌え出る(芽吹く)時の美しい薄緑色をしている事から名付けられました。

旬は4月から9月。

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マメ科のツル性植物。若いサヤを食べます。 沖縄の夏の野菜不足を補うために1980年代に旧農林水産省熱帯農業研究センター(現、国際農林水産業研究センター) によって研究され奨励されました。

沖縄では四角豆の事を"ウリズン"と呼びますが、これはその時に開発された品種の名前です。

害虫が付きにくく無農薬で育てられます。完熟した豆、花、またイモ(細いさつま芋状)も食用になります。 パプア・ニューギニアでは、このイモ(美味でタンパク質が豊富だそうです)がとくに好まれているそうで、 イモを大きくするために花をつんで豆を実らせないようにするほどです。

熱帯アジア原産。西欧社会に知られるようになったのは17世紀ですが、ビルマ、パプアニューギニアなどでは古くから栽培され、 現地で食べられていたようです。

食材の発見の歴史も西欧社会を中心に書かれる事が多いのですが、 それぞれの原産地では、はるか昔から人々に食べられていたわけです。

日本にも1900年頃に一度紹介され"トウサイ"という名前が付きましたが、ほとんど普及しませんでした


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グリーンピースは初夏の味覚です・ツタンカーメンのエンドウ豆!?

 冷凍や缶詰で一年中出回っていますが、 サヤから出してそのままゆでたグリーンピースは、さわやかな色と香りで新緑の季節を告げてくれます。 エンドウ豆(豌豆)の未熟の実で、サヤごと食べるサヤエンドウ(絹サヤ)と同種です。

マメ科エンドウ属。グリーンピースはエンドウの未熟の実です。さらに未熟の実をサヤごと食べるのがサヤエンドウ。 また中国料理で使われる豆苗(とうみょう)は、エンドウの若い芽です。

3月〜4月に紅色や白のきれいな花を咲かせます。
各種ミネラル、ビタミン、タンパク質、糖質、食物繊維などをバランス良く含んでいます。


鹿児島で全国の約50%、2位の福岡と合わせれば約75%が作られています。この2県での出盛りは4月か5月。 6月になると、関東や東北産のものが出てきます。

グリーンピースはサヤから出すとすぐに皮が固くなってしまうので、なるべくサヤ付きを買いましょう。 せっかくの旬の味覚ですから。

ゆでる時はフタをしない事。沸騰しているお湯で2〜3分ゆで、なべのまま水を流しっぱなしにして冷やします。 この時に冷たい水が豆に当たらないように。

こうすると皮にシワがよりません。 豆ご飯の作り方は色々ありますが、私はご飯に少量の酒と塩を入れて、豆を除いた後のサヤ(5〜6本)を入れて炊きます。

豆は一緒に炊きません。ご飯が炊き上がる直前に豆をゆでて、炊き上がったごはんに後から混ぜて (この時、最初から入れていたサヤを取り除いて捨ててしまいます。)10分ほど蒸らします。
この他、ポタージュや甘煮など、グリーンピースの香りと色を引き出す料理を工夫しましょう。

ツタンカーメンのエンドウ豆をご存知ですか?墓の副葬品の中にエンドウ豆があり、 それを蒔いたところ 3000年の時を超えて発芽したそうです。花もサヤも紫色で豆は緑色(熟すと茶色)。 今では世界中に広まって大事に栽培されています。

http://www.hoku-iryo-u.ac.jp/~yakusou/hyouhonen/tutankamen.htm

posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 13:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

オクラ(ガンボ)(黄蜀葵)(陸蓮根)を食べて夏に向けて頑張りましょう

オクラは英語。フランス語はガンボ。 日本語名はアメリカネリ(黄蜀葵)。オカレンコン(陸蓮根)とも言います。

5月から10月。夏の野菜です。

オクラの栄養

特徴のネバネバの元には、ペクチン、ムチンなどがあります。ペクチンは、血糖値の上昇を抑え、整腸作用があり、糖尿病の予防や便秘の改善に効果があります。

ムチンは、たんぱく質の吸収を助け、コレステロールの吸収を抑えてくれます。他にもネバネバは胃壁を守ってくれるので、アルコールを飲む前など摂るとよいでしょう。

他にもβカロチン、ビタミンB1、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、鉄などを含んでいます。これらの栄養素を無駄なく摂るには、生でいただくか、ゆで時間を短めにするのがコツです。

夏バテにもオススメなネバネバ料理で、これからの暑い季節を乗り切りましょう。

オクラの選び方・保存方法

緑色が濃く鮮やかなもの、切り口が新しく表面が産毛でびっしり覆われているものが新鮮です。オクラは育ちすぎると味が落ちるので、あまり大きすぎないものを選びましょう。

オクラは低温に弱いので冷やしすぎないこと。ポリ袋や新聞紙に包んで冷蔵庫の野菜室で保存します。

一度に使い切れない場合は、ラップなどに小分けにして冷凍保存しておくと便利です。

水洗いした後、塩をふって表面をこすり、産毛を取り除いてから調理すると色鮮やかで食感もよくなります。細かく刻むほどネバネバが増すので、料理に合わせて切り方を変えてみましょう。


高さ1m〜2mのアオイ科の熱帯性植物。朝早くハイビスカスに似たクリーム色の花を咲かせますが、 午前中のうちにしぼんでしまいます。その後にできる実(さや)を若いうちに摘んだものがオクラです。 赤や黄色のものもあるそうです。

エチオピア近辺が原産。エジプトでは2000年前から栽培されていたそうです。

奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人がアメリカに持ち込み、クレオール(混血文化。 この場合はアメリカ南部の黒人とフランス・スペイン文化が融合したもの)の代表的な料理であるガンボを作りました。

今でもアメリカはオクラの大産地です。 日本には江戸時代末期、1850年ごろに紹介されていますが、本格的に普及しだしたのは1970年代に入ってからです。 沖縄、九州、四国、と中部、関東の一部で栽培されています。

posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 10:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

旬を心待ちにしている フランス人が大好きな アスパラ

フランスの人たちはアスパラガスが大好きで、旬を心待ちにしています。穂先がペースト状になるまで茹でてそのまま食べたり、 料理に使ったりしています。 驚くのは高級レストランで結構なお金を払って、 ただ茹でたアスパラを食べていることです。「そんなものうちで茹でて食べればいいのに」と思いますが、どうしてでしょうか。

日本ではそこまでのブームはありません。一つの原因は飛び切りの鮮度でないものが店頭にならんでいるからではないでしょうか。 はっきり言って、採れたての物は非常においしいですね。


地域によって違いますが、路地物は5月から6月が最盛期です。採れたての早ければ早いほど甘味があり、 やわらかくてかつ歯ごたえもあっておいしいです。採れてから3日も経つと苦味が出て、繊維も硬くなってきます。

アスパラガスの利用タイプと栄養価
店頭で見かけられるものは日光を十分に受けたグリーンアスパラガスが主ですが、畑で毎日土寄せをして軟白したホワイトアスパラガスもあります。これは加工用・業務用ですが、通常の食べ方でも独特の風味があり珍重されます。

アスパラガスの味と栄養価
では、糖質、蛋白質、脂質、粗繊維、ビタミン、ミネラルなどが含まれる中で、アスパラギン酸やグルタルミン酸などのほか、グルタチオンも多く、さらにないアシンやルチンも含まれます。これらの栄養素はグリーンアスパラガスの方に多く含まれますが、ただ糖分だけはホワイトアスパラガスの方に多く含まれます。

品種
ユリ科。グリーンアスパラとホワイトアスパラがありますが種類は同じです。 陽に当てないように盛り土をして育てられたのがホワイトアスパラです。
地下に細い貯蔵根があり、そこから若い芽が何本も生えてきます。多年草で一つの株で10年以上も収穫できます。
雄株と雌株があり、雄株の方が太くておいしいと言われていますが、なかなか見分けるのは難しいです。

最近は、野生種のアスパラガスが市場に出回ってきました。茎が5mmぐらいと細く、穂先が頭でっかちに見えます。 やや粘りがあり、山菜のような味の濃さがあっておいしいです。

アスパラガスの選び方と保存法

 グリーンアスパラガスは太めのものが軟らかく甘味も強いのでお薦めです。

(1)中位の太さのもの
(2)茎全体の緑の鮮やかで濃いもの
(3)穂先がしっかりしてよく窄んでいるもの
(4)茎はまるく、いびつでなく、すんなりしたもの
(5)切り口が乾燥していないもの
(6)折るわけにはいけませんが簡単に折れそうなもの
を選びます。

ゆで方のポイントは、ぽきんと二つ折りにして、組織の硬い基部のほうからゆで、後から上部を入れて、ゆで時間の長短で仕上がりを揃えます。

保存は萎びさせないことが大切で、みずみずしさを保つためにラップして、冷蔵します。




posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 09:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

グレープフルーツで疲労・ストレスからの回復や風邪・がん予防

グレープフルーツは別名アメリカンフルーツとも言われる果物グレープフルーツは数個集まってブドウの房のように実ることからこの名がついたようです。

今では1年中出回っていますが、一番美味しい時期は4〜6月です。

日本には昭和の初期に輸入が始まり、当初は高級フルーツとしてもてはやされていましたが、1971年にグレープフルーツの輸入が自由化され、一気に大衆化されて一般家庭の食卓にのぼるようになりました。

黄白色をした果肉の「ホワイト種」が一般的ですが、近年存在感が高まっているのがピンク色の「ルビー種」。甘みが比較的強く、酸味とほろ苦さが売りのホワイト種とはまた一味違った風味があります。

このグレープフルーツ、半分食べるだけで1日に必要なビタミンCを摂取できるのがうれしい点で、疲労・ストレスからの回復や風邪・がん予防にも効果があるとされています。

ちなみに、店頭で選ぶ際には、形がよく、表面に張りがあって、ずっしりと重いものを選ぶのが良いそうです。


グレープフルーツ(学名:Citrus X paradisi)は亜熱帯を原産とする柑橘類である。グレープフルーツは様々な種類があるが、その色で呼び分けるのが一般的である。

グレープフルーツの木は、常緑樹であり5-6mの丈のものが良く見られるが、成長を続ければ13-15mにもなる。その葉は15cmほどの長さで細長く、花は5cmほどの大きさで白く4枚の花弁がある。実は10-15cmほどの大きさで黄色く、球形だがでこぼこしている。中の身が白や赤のものも広く栽培されている。pomelo、toronjaや、pamplemousseと呼ばれることもある。19世紀の後半まで主に観賞用として栽培されていた。

1750年代に西インド諸島のバルバドスで発見されたのが最初とされ、ブンタン(英名:pummelo、学名:Citrus grandis)とオレンジ(学名:Citrus sinensis)が自然に交配したもので前者の特徴を多く受け継いでいる。セミノールやミネオラ (minneola) はグレープフルーツにタンジェリンを掛け合わせることで、オロブランコはグレープフルーツの4倍体に無酸ブンタンをかけあわせることで生まれた。1800年代にshaddockからグレープフルーツと呼ばれるようになったが、これはまるでブドウ (grape) のように木になることからつけられた。1830年代にブンタンから別の種、学名をCitrus paradisiとされたが、1950年代になるまで自然交配の結果に生まれた種であるとは認識されていなかった。その後、学名はCitrus X paradisiに変更された。

グレープフルーツは生で食べるほかにジュースや様々な加工食品に用いられる。また、絞り汁はカクテルやサワーに用いられ、グレープフルーツ専用の搾り器がある。皮もマーマレードやジャムに使われることもあるが、海外輸入の物には品質を維持するために農薬(殺菌剤)が使われていることが多い。この農薬をポストハーベスト農薬と呼ぶ(日本では食品添加物扱い)。

グレープフルーツ(特にジュース)は様々な医薬品と干渉し、意図しない効果を生み出すことがある。これはグレープフルーツに解毒酵素のシトクロムP450を阻害する成分が含まれているため、医薬品の代謝が阻害されることによる。特にカルシウム拮抗剤という系統の高血圧治療薬にグレープフルーツの影響を強く受けるものがあることがよく知られている。

グレープフルーツの種からは抗菌成分が抽出できる。


posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 10:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

旬!大衆魚の王者。新井白石は「アジとは味なり」と言ったとか・・・



Aji.jpg脂肪が多い割にくせが無く、旨みの多い魚です。 鯵の開きは年間4億枚も食べられているそうです。

アジ(鰺)は、スズキ目スズキ亜目アジ科アジ亜科に含まれる魚の総称。側線にゼイゴまたはゼンゴと呼ばれる大き目の硬い突起のある鱗が並んでいるのが特徴

普通に鯵として出回っているマアジの他に、ムロアジ、シマアジなどがいます。どれも美味。ムロアジはクサヤの原料 と思われているようですが、ムロアジでクサヤを作ることはまれです。

通常はクサヤムロというムロアジの近縁種 がクサヤに使われます。

地付きの鯵が最も美味しくなるのは5月から7月です。回遊型の鯵は、大量に採れる時期を目安に旬を考えると、九州は 3月、駿河湾沖は4月、房総沖は5月です。9月の三陸沖の鯵は脂がのっていて美味しい。
干物への加工は静岡県沼津市が4割を占めていますが、地元の鯵は脂が少ないので、 脂ののった九州産か輸入物を使っているそうですよ。

イノシン酸が多いので旨みにコクがあります。
 
鯵は背が黒っぽく、腹は白(銀色)ですが、地付きの鯵(えさの豊富な沿岸岩場などに住み着いて回遊しない もの)は背が青っぽく、腹は金色に輝いています。関鯵が有名ですが、ほとんど全国に地付きの鯵はいます。ただし、 沿岸で採れた鯵でも、痩せておいしくないものもいますので、見て判断してくださいね。  




posted by 季節 春夏秋冬 旬 at 11:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 旬の花

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